打診
打診の意義と方法
- 意義
身体のある部位を指もしくは簡単な器具で叩き、そのときに発生する音の性質を聴き分けて、その部位の性状を判断する診察法です。
肺や胃腸管など空気が存在する臓器と、心臓や肝臓など空気含有の少ない実質臓器が混在している部位での診察に有意義です。
打診音の変化を比較的簡単に聴き分けることができるので、臓器に起きた微妙な変化を判断できます。とくに胸部と腹部の診察に有用です。 - 方法
打診には、体表を指または打診槌で直接叩く直接法と、体表に指や打診板を当ててその上から叩く間接法とがります。一般には体表に指を置き、その上から指で叩く指指打診法が行われます。
指指打診法は、左手中指(左利きの診察者は右手の中指)の中節を体表にピッタリと密着させ、その指の背面を、鉤状に曲げた右手中指の指頭で叩く方法です。
右手は、手関節のみをスナップを効かせるようにしてすみやかに直角に叩き、叩いたあとはただちに左指背面から離します。
この瞬間に発生する音の音量、温質、音調、持続を判断します。同時に、叩いたときに生ずる振動と抵抗感にも注意します。
打診音の種類
- 清音
振幅の大きい音で、正常の肺野を叩打したときに聴取されます。かなり長い比較的低調の音で、音量は大きい。振動が体表に置いた指に感じられます。 - 濁音
心臓や肝臓など含気量が少ない実質臓器や、空気を含まない大腿部などを叩打したさいに聴取される振幅の小さい音です。
持続性は短く、高調で音量は小さく、ごく近くにいる人にしか聞こえません。指に伝わる振動感も弱く、抵抗の増加として感じられます。 - 鼓音
胃や腸など、閉じた嚢状のもののなかに空気が存在する場所を叩打したときに聴取されます。振動が規則的で、単音に近い音です。
鼓を叩いたときに発する音のように高調で、”ポンポン”とした響きがあります。持続はそれほど長くなく、音量は中等度ないし大です。弱く打診をしたほうがはっきりしやすい。
胸部の打診
- 肺野の打診
健常者の肺野を打診すると清音が聴かれます。
左右対称性に打診してゆき、打診音を比較します。
肺炎、肺化膿症、肺腫瘍、無気肺などでは、滲出物や腫瘍によって肺組織で空気含有量が減少します。その結果、病変のある部位を打診すると、本来聴かれるはずの清音ではなく、濁音が聴かれます。
胸水が貯留したり、胸膜炎によって胸膜が肥厚した場合にも同じように濁音となります。
肺気腫や気胸では空気含有量が増します。そこで清音よりも持続性が長く、低調で音量の大きな音が発生します。過共鳴音とよばれます。 - 肺肝境界
右鎖骨の中央を通る垂直線(右鎖骨中線とよぶ)上で、肺野を上から下へと打診していくと、清音から濁音へと変化するようになります。
これは、肺野から肝臓のある部位へと打診の場所が移動するためで、肝臓の上を叩打して発する音を肝濁音といいます。
清音から濁音へと移る境界を肺肝境界といい、通常は肺の下界をさします。健常者では、第6肋骨下縁または第6肋間であることが多い。
左鎖骨中線上で上から下への打診を続けていくと、清音から鼓音へと変化します。これは胃泡によるもので、左側では肺下界を正確に判断することは難しい。
背部では肩甲線で第10肋骨、脊柱右側で第10胸椎棘突起の高さが肺下界です。肺気腫で肺下界が降下します。 - 心濁音界
心臓部を打診すると濁音を発生します。その周囲は清音を発する肺野ですから、濁音の範囲を調べると心臓の大きさ、形、位置を判定することができます。これを心濁音界といい以下のようい調べます。
まず右第4肋間を外方から胸骨のほうに向かって打診を進めていき、清音から濁音に変わったところを心臓右界とします。
ついで胸骨左縁の左側を上から下に向かって打診し、上界を決定します。さらに左第5肋間を外から内に打診し、左界を判定します。
健常者での心濁音界は、右界〔胸骨右縁〕、上界〔第3肋骨〕、左界〔左鎖骨中線のやや内側〕です。
心臓肥大、心膜炎による心嚢水貯留などでは心濁音が拡大します。腹水貯留や妊娠で横隔膜が挙上されたり、胸水や縦隔腫瘍で心臓の位置が変化したりすると、心濁音界も変化します。
腹部の打診
腹部の打診では、胃や腸管内の空気のために通常は鼓音を生じます。麻痺性イレウスなどのために胃や腸管内に空気が増量した鼓腸では、鼓音が増強されます。
腹水が貯留すると濁音になり、しかも臥位や側臥位など体位を変換すると腹水が移動するために、濁音の範囲が変化します。
肝臓の腫大や腹部腫瘤でも濁音を発生します。
聴診
聴診の意義と方法
- 意義
身体の内部では呼吸運動に伴う空気の出入り、心臓の拍動、あるいは腸管の蠕動などによって音が発生しています。病変が起きると、自然に発する音の性質が変化したり、通常では聞かれないような音が発生したりします。
このように、身体内部で発生する音を聴いて診察する方法が聴診です。
聴診はとくに肺、心臓、腹部臓器、血管の病変の診断に重要です。 - 方法
聴診の方法には、患者の体表に診察者が耳を当てて聴診する直説法と、聴診器を使う間接法とがあります。緊急時を除けば、間接法で聴診するのが一般的です。
聴診器には、診察者の片手の耳に当てて聴診する単耳型と、両耳を当てる双耳型とがあります。単耳型聴診器は産科で胎児心音を聴診するのに使用される程度で、今日ではほとんど双耳型聴診器が使用されます。
双耳型聴診器は採音部、挿耳部、およびその両者を結ぶゴム管から構成されます。採音部は、主として低周波(低調)の音を聴くベル型と、高周波(高調)の音を聴く膜型とがあり、両者を使い分けることができるようになっています。
診察室は静かにして、聴診器を体表に密着させて、注意深く聴診します。室温は適度にし、寒さのために震えて、筋肉収縮による雑音を生じさせないように配慮します。
肺の聴診
肺の聴診では、とくに呼吸音、異常呼吸音に注意します。呼吸器の疾患では特異な音が聴取され、診断するうえで有用な情報を提供することになります。
1.呼吸音の種類
呼吸による空気の出入りによって発生する音を呼吸音といいます。
通常は次の3種類があります。
- 肺呼吸音
空気が細気管支と肺胞に出入りするときに生じる音で、軟らかく、比較的低調です。吸気時によく聴こえます。正常の肺野の大部分で聴取できます。 - 気管呼吸音
空気が気管と気管支を通過するときに生じる音で、高調で、呼気相の延長があります。喉頭、気管、肩甲骨間部で聴かれます。 - 気管支肺胞呼吸音
肺胞呼吸音と気管呼吸音が混合したもので、右肺尖、鎖骨下、肩甲骨間部などで聴かれます。
2.異常呼吸音
呼吸器疾患では、呼吸音が増強したり減弱したり、あるいは通常では聴かれないはずの部位で聴こえたりするようになります。たとえば気管支炎、肺炎、肺結核などでは呼吸音が増強します。
また、正常では聴かれないような異常呼吸音が聴こえる場合があります。気管支が狭窄したり、分泌物、粘液、膿などがたまっていたりすると、空気が出入りするたびにさまざまな音が発生します。これらをラ音といいます。
気管支喘息、気管支炎、気管支拡張症などでは”ヒューヒュー、ギーギー、グーグー”などといった音が聴かれます。
肺炎、気管支炎、肺うっ血などでは”ブツブツ、バリバリ”といった音が聴かれます。
胸膜炎では肺側と壁側の両胸膜がこすれ合い、なめし革をこするような音が聴かれます。これを胸膜摩擦音といいます。
低い声で”ひと一つ”などと発声させて聴診する方法を声音聴診といいます。胸水貯留、気胸、胸膜肥厚などでは声音の伝搬が障害されるので、声音が減弱して聴かれます。
心臓の聴診
心臓の聴診では心音、心雑音に注意します。心臓弁膜症や心膜炎の診断に重要です。1.心音の聴取部位
心臓の聴診は通常、仰臥位もしくは坐位で行います。ただし、心疾患による心雑音は、前屈姿勢や左側仰位でよく聴取されることもあります。
心音は心臓の収縮と拡張に伴う心臓筋肉、弁、血流の変化によって発生します。心血管系の各領域から発生する音は、それぞれがもっともよく聴かれる部位で聴取します。
病的心臓では心室の肥大や拡張が起こり、心音が聴取される部位も変化するので注意します。
2.正常心音
- I音:
心室の収縮と同時に起こる音で、低く、鈍くそして長い音です。房室弁(僧帽弁、三尖弁)の閉じる音と、心筋の収縮する音からなります。 - II音:
収縮期の終わりに、半月弁(大動脈弁、は動脈弁)の閉鎖によって起きる音です。高く、持続が短い音です。
3.異常心音
運動の直後や精神的興奮、あるいは甲状腺機能亢進症などによって心機能が亢進した状態では心音が亢進します。心臓弁膜症、不整脈などの心疾患でも心音は亢進します。
逆に安静、肥満、肺気腫、心嚢水貯留などでは心音が減弱します。心筋梗塞や心筋炎などの心筋収縮力の低下した心疾患でも、心音が減弱します。
正常の心音であるI音、II音以外に、心臓弁膜症や心不全などで過剰心音(III音、IV音)を聴取することがあります。
III音はII音のすぐあとで拡張期に心室に血液が流入するさいに心室筋と房室弁の振動が起きて発生します。正常な若年者にも聴取されることがあります。
IV音は心房から心室へ血液が流入するさいに聴かれ、心室筋が肥大する病態で聴取されます。IV音は正常者では聴取されません。
4.心雑音
種々の心疾患では、正常者では聴かれない音が聴こえることがあり、これを心雑音といいます。血液が心臓弁や動脈を流れる時に、乱流や渦流を生じると心雑音が発生します。
心臓収縮期に生じえるものを収縮期雑音、拡張期に生じるものを拡張期雑音といいます。
心臓弁膜症、先天性心奇形などでは特徴的な心雑音が聴かれ、診断の糸口になります。ただし貧血、甲状腺機能亢進症など、あるいはなんら器質的な疾患がなくても、収縮期雑音が聴取されることがあります。これを機能性もしくは無害性雑音とよびます。
5.心膜摩擦音
急性心膜炎では、側壁と臓側の心膜が互いにこすれあい、引っ掻くような、あるいはこするような高調の音が聴かれるようになります。心膜摩擦音といい、心膜炎の診断に重要な所見です。
腹部の聴診
腹部における聴診では腸管の運動によるぐる音と、血管の病変による血管雑音に注意します。
- ぐる音の正常と異常
腸管が蠕動することによって、空気と腸管内容物が移動するさいに聴かれる、”ぐるぐる”という音をぐる音、または腹鳴といいます。これを聴診することによって、腸管病変の診断の補助になります。
腸管が狭窄したり閉塞すると、それよりも上部の腸管の蠕動が亢進します。この結果、ぐる音が増強します。急性腸炎で腸管運動が活発になっているときも、ぐる音が増強します。
逆に、急性腹膜炎や麻痺性イレウスなどで腸管の蠕動が停止すると、ぐる音が消失します。ぐる音の消失は重症であることを示すので、注意が必要です。 - 血管雑音
動脈に狭窄や部分的な拡張があると、血流に変化が起こり、乱流や渦流を生じて雑音が発生します。動脈硬化症、腹部大動脈瘤、大動脈炎症候群、血栓症などで腹部の血管雑音が聴取されます。